大阪地方裁判所 昭和62年(ヨ)2804号
申請人
牧野義明
右代理人弁護士
大槻守
同
木村保男
同
的場悠紀
同
川村俊雄
同
松森彬
同
中井康之
同
福田健次
被申請人
塩谷商店こと塩谷徹夫
右代理人弁護士
増田淳久
主文
一 申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 被申請人は、申請人に対し、本決定送達の日から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月末日限り一か月につき金八万円の割合による金員を仮に支払え。
三 申請人のその余の本件仮処分申請を却下する。
四 申請費用は、これを五分し、その一を申請人の負担とし、その余は被申請人の負担とする。
理由
一 申請人は、「被申請人は申請人を従業員として取り扱え。被申請人は申請人に対し、昭和六一年六月以降毎月末日限り金二四万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求めた。
二 申請人は、昭和五五年八月四日に段ボール箱製造等を業とする個人企業である被申請人に雇用され、主として段ボール箱製造の断裁作業に従事していたが、昭和六二年四月二九日町内ソフトボール大会に出場して右足アキレス腱を切断し、その後継続して欠勤していたこと、被申請人は、同年六月八日、申請人に対し解雇の意思表示をしたこと(この解雇の意思表示を、以下「本件解雇」という。)、申請人は、本件解雇のころ、被申請人から毎月末日限り一か月平均二四万五〇〇〇円の賃金を得ていたこと、はいずれも当事者間に争いがない。
申請人は、解雇の理由としては右負傷とこれに伴う欠勤以外に思い当たるものがないが、右程度の欠勤を理由に解雇することは決して許されるものではなく、本件解雇は解雇権の濫用にあたり無効である旨主張するのに対し、被申請人は、申請人は従前より職場内における言動に非常識な点が見受けられ他の従業員との間で融和を欠くことが再三であったことから、その都度注意を与え状況によってはやめてもらうからと警告を発していたところ、六月八日申請人の足の負傷を気遣う被申請人に対して許しがたい暴言をはくなどしたことから、職場の規律秩序を守るためやむなく解雇を申し渡したものであり、本件解雇には相当な理由がある旨主張する。
三 疎明資料及び審尋の結果を総合すると、以下の事実を一応認めることができる。
1 申請人は、昭和一四年生まれであり、中学校を卒業して三つの会社に勤めた後、昭和五五年八月新聞の求人広告に応募し、それまで経験のなかった断裁工として被申請人に雇用され、その後本件解雇に至るまで継続して被申請人方で右業務に従事していたものである。この間、昭和五八年五月ころからは責任者として月額五〇〇〇円の手当を加算されるようになり、本件解雇のころ、被申請人の従業員の中では最年長、最古参の存在であった。なお、申請人は、雇用時に被申請人に提出した履歴書には、家族として妻、娘二人、母親がいる旨記載しているが、真実は、昭和五四年五月に妻と協議離婚し、娘らとも別居したうえ、同月以来別の女性と二人で暮らしているものである。
2 被申請人の商店は、被申請人自身、その妻及び長男のほか従業員数名を抱えるにすぎない極小規模の個人企業であり、一か月の売上高は平均して八〇〇万円くらい、主たる営業は注文による段ボール箱の製造で、従業員らは手分けして右製造及び製品の配達の仕事に従事しているが、小口で急ぎの注文が多い一方、注文どおりに仕上がらないと得意先から発注を減らされ売上にひびくため、注文が立て込んだときなどは、製造工程はあわただしく、職場内における従業員相互の協力が要求される。また、従業員の定着率は良くなく、本件解雇のころ申請人以外の従業員は二名であった。
3 申請人は、雇用されて間もなくの昭和五五年一〇月ころ、勤務中に古参の従業員を相手に喧嘩をしかけ、また、昭和六〇年九月二一日には、勤務中ささいなことに憤激した挙げ句、他の従業員に対して後ろから殴り掛かり、同人の眼鏡を壊したうえ同人に傷害を負わせたことがあるほか、断裁機を扱う作業において、従業員の間で楽と思われている持ち場を他に譲ろうとしないなど、職場内における協調性への配慮に乏しい傾向が見られ、さらに、昭和五八年五月他の従業員の昇給に際し自ら被申請人に不服を申し立て交渉のうえ責任者手当を加算してもらうようにし、昭和六〇年三月ころ既に被申請人が決めていた作業服の購入について被申請人に意見を述べるなど、雇主である被申請人に対しても必ずしも従順一方ではなかった。
4 申請人は、昭和六二年四月二九日、町内ソフトボール大会に出場して右足アキレス腱を切断し、同日から同年五月二三日まで入院した。昭和六二年六月四日付の医師の診断書には、「病名は右アキレス腱断裂、五月八日手術施行、六月一〇日ギプス除去予定、その後約三週間の通院加療を要する見込みである。」との旨の記載が、また、同年七月九日付の医師の診断書には、「現在リハビリテーション中で、七月四日以降約二か月間の通院加療を要する見込みである。」との旨の記載がある。また、被申請人の妻が医師に尋ねたところ、主治医から、「治癒しても六か月間は再び断裂のおそれがある危険な状態なので、重いものを提げたりしないよう注意が必要である。」との旨の回答を得ている。
5 申請人は、受傷した当日の昭和六二年四月二九日夜、被申請人に電話をして、アキレス腱を切断し、治癒までに約五週間を要する見込みである旨を告げ、自分が職場復帰をするまでの間は臨時工かアルバイトを雇うよう依頼したものの、その後は、六月三日に再び被申請人に電話をするまで、診断書を届けるなどして、自分の方から積極的に連絡を取ったり回復の見込みを知らせようとしたりはしなかった。一方、被申請人側では、もとの従業員にアルバイト勤務を要請してみたものの折り合いがつかず、受注の多くなる時期でもあり、早急に人員の手当をする必要があったため、五月八日付で新聞広告をして、身分は運転手としたものの条件のよい本雇いとして二人を雇い入れ、五月二〇日被申請人の妻が見舞いに行った際被申請人にその旨を告げた。そして、受傷の日からちょうど五週間目にあたる六月三日、申請人は被申請人に対しギプスが取れるまで今しばらく猶予がほしい旨電話で申し入れたが、被申請人からは、来るのは来週以降でよい旨言われた。
6 そこで、申請人は次の週の月曜日である六月八日の午後五時少し前ころ、あらかじめ連絡することなく、前示4の診断書を持参して、被申請人方を訪れた。そして、申請人は、被申請人に対し、診断書にあるとおりギプスは一〇日にははずせるから、そうなればすぐにでも働きたい旨繰り返し訴えたが、被申請人が、これに取り合わず、診断書にギプスの除去後約三週間の通院加療を要するとあることをとらえて、完治するまでは働いてもらうわけにいかない旨答えたことから、両者の間で、「働く」、「待て」の言い争いとなり、被申請人の妻もこれに加わって言い合ううち、申請人は、被申請人らの言葉に激高し、被申請人らに対し、「おまえら、なにがたがたいうてんねん。」、「おれの言うこと聞かんかったら、どうなるかわかっているのか。」、「こんな店すぐにでもつぶして、仕事もできんようにしてやる。」、「おれにはやくざの仲間もいる。」などの暴言を浴びせ、さらに、騒ぎを聞き付けて顔を出した被申請人の長男にも、「おのれみたいなん関係ないんじゃ。」などと言って詰め寄るなどし、その後も被申請人らに対し同様の罵倒を繰り返したため、被申請人は、遂に、申請人に対し、「やめてもらうから。」と告げて、解雇の意思表示を明確にした。
以上のとおり一応認めることができる。
申請人の職場内における勤務態度については、両当事者から一見互いに矛盾する内容の報告書が数多く提出されているが、そのほとんどは、同一の事実についてそれぞれの観点から述べられたものにすぎないと評価することができ、それぞれの立場から来る認識や記憶のずれなどによる食い違いはあるものの、概ね右に示した程度の事実は認めることができる。また、被申請人は、職場内の規律を乱す申請人の行為につき、その都度申請人に対して警告を発していた旨いうが、それによって申請人の態度が改まったとも見えず右6の所為に及んでいること、勤務態度不良の主張は本件仮処分手続において初めて明らかにされたものであること、申請人において注意を受けた旨の認識が欠けていることなどに照らすと、それに類する事実はあったかも知れないが、違反した場合にはいかなる処置がとられるかを明確に予告するなど、真に申請人に自覚を与えるに足りるだけの警告を発していたかは、疑わしいというべきである。
そして、六月八日の申請人と被申請人夫婦間のできごとについて、解雇の意思表示のなされたのは申請人が激高して暴言をはく前であったか後であったかの点に争いがあるが、申請人は、前示3のように、雇主に対しても言いたいことを言い、主張すべきことは主張するというように、必ずしも従順な雇い人ではなかったものであり、これに対して、被申請人の方でそれまで申請人に厳しい態度をとったことはなかったこと、被申請人は申請人が当日その時刻に現れるとは予想していなかったことを考えると、少なくとも、被申請人が申請人に対して最初から明確に解雇の意思表示をしたとは認めがたく、この点に関する申請人の供述は不自然であって信用することができないし、その後の状況についての申請人の供述も、これと矛盾する他の疎明資料と対比して信用することができない。申請人は、被申請人方前で出会った被申請人の長男に対し、まず「社長、おこってへんか。」と尋ねており、その後の被申請人とのやり取りの中でも、働くことに固執しているが、このことからすると、申請人としても、自己の不注意で負傷した結果欠勤を余儀なくされたうえ、本雇いが二人も採用されたと聞き、さらには六月三日の電話における被申請人のさりげない言葉も加わって自らの立場が不安となり、用なしと言われないためには早期に職場復帰する必要があると考え、被申請人から指定された中で最も早い六月八日に顔を出したものと推定することができ、当日は、右6に認定したような経過で、申請人は、あせりの気持ちにとらわれるうち、申請人の身を気遣う被申請人の言葉を悪意に受け取り、生来の性格も加わって、粗暴な言動に及んだものと考えるのが相当であろう。
四 以上の認定事実によると、本件解雇の直接のきっかけとなった六月八日の申請人の行動は、それのみをとらえるならば到底許されない所為であるといわざるを得ない。しかしながら、それが直ちに解雇権の行使を相当とするかは別問題であるところ、それまでのいきさつをも踏まえこれを全体として見るならば、要するに言葉の行き違いから生じた突発的な喧嘩であるにすぎず、申請人が、それまで、前示三3の暴行事件を除き、内実はともかく、七年近くもの間、表面的には平穏に勤務を継続してきていることを考慮するならば、他に取り立てて強い非難に値するほどの行為をしたとの疎明がない本件においては、右行動ゆえに直ちに申請人を解雇することは相当性を欠き、本件解雇は解雇権の濫用にあたり無効であるといわざるを得ない。なお、六月八日までの申請人の行動、雇用時における経歴の虚偽申告、他の従業員との間の不和、暴力行為など被申請人が指摘する諸事情も、さほど重大ではないか、あるいは古きに失し、本件解雇の正当性を補完するものとは言いがたく、そして、とりわけ、被申請人が前示三2のような小規模の個人企業であり、職場の事情があることを十分考慮しても、本件ではなお右の結論を覆すに足りる事情はうかがえないというほかはない。
五 以上の次第で、申請人は昭和六二年六月八日以後も被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあるというべきであり、これを争う被申請人の態度に照らせば、地位保全の必要性も認めることができるから、申請人の本件仮処分申請のうち、地位保全を求める部分は理由があるといわなければならない。しかしながら、金員支払を求める部分については、雇用契約が双務契約であることに照らし、不就労が申請人の責に帰すべき事由による場合にまで被申請人に対する賃金請求権が発生するとは解せられないところ、前示のとおり申請人は勤務外で負傷した結果就労が不可能になったものであること、前示三4に照らせば申請人はそれほど早期に就労可能な状態にまで回復したとは認められないが、その時期については的確な疎明がないこと、前示三6の申請人の行動は、解雇相当とまではいえないにしても決して責任の軽いものではないことなどに鑑みると、解雇期間中のすべてについて賃金請求権の発生を認めることはできず、さらに、疎明資料によると、申請人は本件手続中日額四四〇〇円の傷病手当を受給していたこと、また、申請人と同居し家計を一にしている前示女性には月額一七万円余の収入があることが一応認められる一方、被申請人から支給されていた従前の賃金全額に相当する金員の支払がなければ申請人及び同居女性の生活が成り立たないことを認めるに足りる的確な疎明はないこと、その他本件が地位保全と共にする金員仮払の仮処分手続きであることをも併せ考えると、被保全権利及び保全の必要性を認めたうえ強制的な金員の支払を命ずるのは、主文第二項の限度にとどめるのが相当である。
六 よって、本件仮処分申請は主文第一、二項の限度で理由があるから保証を立てさせずにこれを認否し、これを超える部分については被保全権利及び保全の必要性を認めるに足りる疎明がない点において失当であり、また、保証を立てさせて疎明に代えることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 石田裕一)